CX用語集 ②カスタマーリテンション編
CX the How
2022.12.16
CX(顧客体験)をより深く理解するためには、直接の顧客接点であるカスタマーサービス領域だけではなく、マーケティング領域やデータ分析領域などさまざまな分野の基礎知識が必要となります。 COEの連載記事「CX用語集」では、CXを語るシチュエーションでよく使われる「CX用語」を基礎から応用まで、多岐にわたりご紹介。
第2回目は「カスタマーリテンション(顧客維持)」の文脈で理解しておくべきCX用語からご紹介します。
作者:ジョン・グッドマン 翻訳:森泉千穂・浅野美奈
- CX(Customer Experience 顧客体験)
- 顧客(消費者)が、ある商品やサービスに関して体験するすべてのこと。商品やサービスを認知した時点から、検討し、購入し、受取り、使用し、さらにはその使用感について友人と情報共有するに至るまで、顧客が体験する起点から完了までの体験を指す。またそれは、その商品やサービスを販売(提供)した企業との直接的なやりとりだけでなく、過去に使用した時に感じた期待や、競合他社での経験、出版物やレビューサイト等を通じて得た印象の体験も含まれる。 顧客体験の起点から完了までのプロセスすべてを可視化する目的でまとめたものが「カスタマージャーニーマップ」である。
- CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメントシステム)
- CRMは、広く浸透した概念だが、その具体的なマネジメントシステムについては、あまり語られてこなかった。私なりにCRMを実現するマネジメントシステムとして、カスタマーサービスを軸に20の機能から成り立つCRM構成図を以下にまとめた。
CRMで最も重要になる機能は、顧客対応の履歴データを適切に分類できるかどうかにある。効果的な分類によってトラブルの種類ごとに解決度など顧客対応のパフォーマンスを評価でき、さらにトラブルの予測や再発防止に役立てることができる。分類システムとしては階層別に設計することが望ましく、大分類、中分類、必要に応じて小分類と設定する。全体で100~200の項目数が望ましい。 CRMシステムの機能のいくつかは自動化することができる。自動化で得られるメリットは、運用コストの削減に加えて、ログ入力などの工程で生じるヒューマンエラーを排除し業務品質を大幅に向上できることにある。例えば、ナレッジマネジメントシステム(KMS)を導入すれば、顧客対応に必要な情報を常に最新に保つことができる。したがってセルフサービスのためのウェブサイトやアプリ内の情報も最新に保たれる。
- ディライト
- 顧客の高い期待を企業が超えようとする行為を指す。具体的には、顧客が予期しなかったサプライズ、熱意にあふれた対応、顧客に役立つ情報や付加価値の提供、エンターテイメント的な要素などが考えられる。 CCMC社が 2021年に米国で実施した「ディライト研究」では、ディライトを作り出す15種類の要素を特定しその効果を検証した。その中で、ディスカウントや無料の商品やサービスの提供、神対応といった経費や時間を要するものと並んで、応対者の熱意や共感性といったパーソナルスキルが、カスタマーディライトにおいて効果的であるという結果が出た。また、ディライトを体験した顧客のうち48%は、チャットやEメール等のやりとりを通じたものであり、効果的なディライトを作り出すにはデジタルやAIを活用できる可能性も明らかになった。
- 顧客の声(VOC)
- ロイヤルティを測定する主な指標としては、顧客の再購買意向、実際の再購買データ、または推奨意向などが挙げられる。
カスタマーロイヤルティを最も正確に測定するには、実際の購買データを継続的に追跡することだが、再購買意向や他人への推奨意向が、将来的な購買行動との間に強い相関性があることがわかってきた。この2つの指標のうち、推奨意向の方がより有効な指標といえるだろう。なぜならブランドを切り替えるための手間が大きすぎるという理由で「継続する」と答える顧客も多いからだ。ブランドスイッチに伴う手間や面倒を嫌うからだ。新しいクレジットカードに申し込むのは簡単だとしても、自動振替手続きをすべて新しいカードに切り替えるには相当の手間がかかる。
NPS(ネットプロモータースコア)は、顧客の推奨意向を0(全く推奨できない)~10(推奨する可能性が極めて高い)の幅で測定した上で、9~10を付けた推奨者の数から、1~6を付けた批判者の数を差し引いて算出する。NPSの弱点は、7~8を付けた顧客を中立者と見なしている点だろう。 CCMC社の調査では、この層の顧客は中立とは言い切れない。むしろ「このブランドはイマイチだ」といった微妙なクチコミを広めていることが明らかになった。企業にとって「イマイチ」や「他社と変わらない」といった評価は、好ましくないものとしてカウントすべきだろう。
- カスタマーリテンション (顧客維持)
- カスタマーリテンションの目的は、顧客からの収益を長期にわたって維持または拡大することにある。次の3種類の状況のそれぞれにおいてリテンションを強化する取り組みが求められる。
顧客はトラブルや疑問を感じていない:商品やサービスに対してはそこそこ満足しているが、感動したり期待値を超えるディライトの状態までには至っていない。企業側は、顧客が企業とのコミュニケーションを取りたくなるよう仕掛けていく必要がある。
顧客がトラブルを体験しており疑問を感じている(その原因が企業側にある場合):企業側がDIRFT(物事を最初に正しく実行する)の状態を保てず、顧客が商品やサービスに関するトラブルを抱えているような場合、カスタマーロイヤルティが著しく低下する。平均で20%が離反するというデータがある。トラブルを抱えた場合、5人に1人は再購買しなくなる。企業はトラブルを解決し、ロイヤルティを高い水準に戻すよう努力する必要がある。このサービスリカバリーがうまく機能すれば、トラブルがなかった顧客よりもさらにロイヤルティが高まるだろう。
顧客がトラブルを体験しており疑問を感じている(その原因が企業以外にある場合):企業側に責任がない出来事や第三者の影響で、顧客がトラブルを体験したり疑問を感じることもあるだろう。例えば、天候のせいで航空便が欠航した場合やお客さまの車が事故にあったような場合、企業に落ち度はないが顧客は嫌な体験をして困っている。 このような場合でも企業がどのように対応するかが顧客のロイヤルティを大きく左右する。企業がその責任の範囲を超えた対応をすることでカスタマーディライトを作り出すこともできれば、責任を否定することで不満にさせてしまう。
- 顧客損失モデル(MDM: Market Damage Model)
- 顧客が体験してしたトラブルや疑問、カスタマーサービスでの対応の不備等により企業収益にマイナスの影響を与えた場合の売上損失額または離反する顧客数を定量化したもの。売上損失額は、売上総額に対する割合として計算する。顧客の不満が収益に及ぼす影響を試算することによって、顧客からの苦情や問い合わせなどに対応するコンタクトセンターの役割が顧客維持のために不可欠であり、そこへの投資を正当化するためのモデル。
具体的には、次の3つのパラメータ(変数)を使ってモデルを作成する。
①トラブルや疑問などで困っている顧客の割合、②それを解決するために企業側に申し出た顧客の割合、③企業の顧客対応に対する満足度(満足、どちらでもない、不満)の割合の3つである。その結果に対して、現状のロイヤルティレベル、価格感度、好意的または非好意的なクチコミの拡散数などで、売上へのインパクトを定量的に把握することができる。
企業が提供する商品やサービスの品質向上、顧客体験におけるDIRFT(物事を最初に正しく実行する)の強化、クレームや問い合わせを積極的に促しセルフサービスの活用促進、顧客からの問い合わせを迅速に解決することによる応対満足度の強化などへ積極的に投資した場合のリターン(見返り)を試算することができる。 顧客損失モデル(MDM)のメリットは、3つのパラメータのいずれかが下がった場合に生じる売上へのインパクトを明らかにし、離反するかもしれない顧客数のリスクを財務やマーケティング部門の幹部らと共有できることにある。さらにCX強化の施策を打った6カ月後、12カ月後のロイヤルティや売上における実際の影響を追跡調査で検証することも可能だ。 計算モデルが明解であり、予測値を検証できること(ブラックボックスではないこと)が、CFOやCMOの支持を得る上でも重要だと言える。
- 顧客離反リスクモデル(MAR: Market at Risk Model)
- 顧客が体験したトラブルや疑問などがもたらす離反リスクを分析し、トラブルごとの顧客の離反率を定量化するためのモデル。改善すべきトラブルの優先度評価を目的としてこのモデルを使う。
ある特定の痛点を体験した場合に離反する可能性のある顧客の数、離反によって失うマーケットシェアを算出する。計算式は以下に示す。離反するリスクのある顧客数に顧客価値(年間の一人当たりの平均売上など)を乗じることで、損失額を算出することができる。
[基本的な算出方法]
顧客ベース全体を分母としトラブルを体験した顧客の割合(%)×特定のトラブルの発生頻度(%)×特定のトラブルを体験した顧客のディスロイヤルティ(再購買しない割合)の割合=特定のトラブルにおける顧客の離反リスク(%)
これらのデータはアンケート調査によって取得することが可能だが、さらに社内の取引履歴のデータと照らし合わせることによって、その妥当性を検証して、離反リスクの精度を上げていくことができる。
ジョン・グッドマン
1200以上の調査で企業のカスタマーエクスペリエンスを評価した経験を持つ、CXの第一人者。その経歴は、1970年代にホワイトハウスの依頼で実施した、全米の企業や政府における苦情対応の実態調査に始まる。調査の結果、消費者窓口の設置とフリーダイアル導入の大きな流れを生み出すに至った。独自の視点とデータに基づく実践的なコンサルティング手法は、フォーチュン100社のうち半数近くが採用している。
40年前に日本で紹介された「グッドマンの法則」は顧客の行動原理に基づくCXの可視化を促し、マーケティング分野等で今もなお原理原則として利用されている。さらに、彼の経験とともに進化を遂げ、「CX3.0🄬」「サービスリカバリー・パラドクス」「顧客離反リスク」「顧客損失リスク」等の実践的な理論に発展している。現在は、顧客のディライトやエンゲージメントに関わる研究に携わる。
40年前に日本で紹介された「グッドマンの法則」は顧客の行動原理に基づくCXの可視化を促し、マーケティング分野等で今もなお原理原則として利用されている。さらに、彼の経験とともに進化を遂げ、「CX3.0🄬」「サービスリカバリー・パラドクス」「顧客離反リスク」「顧客損失リスク」等の実践的な理論に発展している。現在は、顧客のディライトやエンゲージメントに関わる研究に携わる。