30年時代を遡り、自身の経験からなぜCXが不可欠であるのか解き明かす
CX the Wow
2022.12.16
CXが注目されていますが、Customer Experienceの略語であるこの単語自体は、「顧客」と「体験」というだけで、何をどうすればよいのかを語ってくれるわけではありません。CXをマネジメントして向上すると言っても、いったい顧客体験のどこをどのように向上するのか、中々イメージがわきにくいとものだと思います。Google検索をすれば「CXの定義」について、それなりの答えをすぐに手に入れることができますが、それでは面白みがない。
ここでは、CXコンサルタントとしての経験をお持ちの畑中氏自身が、いつどこでCXに関心を持ったのかを紐解くことで、なぜCXが必要不可欠なのか考えてみたいと思います。
畑中 伸介氏 ご紹介
株式会社ラーニングイット代表取締役
98年に(株)プロシード(東京)でCOPC事業を立ち上げる。BPOのグローバルスタンダードであるCOPC規格を国内で普及させ、200社を超える顧客サービスやサポート事業の品質審査、パフォーマンス強化を支援。
2011年ラーニングイット創業。その後、米国CCMC社(副社長:ジョン・グッドマン)と業務提携し、共同調査や組織診断を始める。CXやカスタマーサービスをテーマに戦略立案から構築・運用までのプロジェクト支援、教育支援を行う。
主な訳書に『顧客体験の教科書』(東洋経済新報社)、『デジタル時代のカスタマーサービス戦略』(東洋経済)
ブックストアで最後まで立ち読みしてしまったCXとの出会い
1995,6年の頃だったと記憶していますが、Apple Pressの1タイトルの日本語版を出版するというプロジェクトがきっかけで、シリコンバレーのクパチーノにあったアップル本社を訪れる機会が何度かありました。
当時はアップルコンピュータという名称でしたが、一度その帰りに、近くのスタンフォード大学のキャンパス内ブックストアに寄り道し、マーケティング関連のコーナーを漁っている時にCustomer Experienceの言葉を発見したのが最初の出会いだったと思います。著者もタイトルも忘れてしまいましたが、スターバックスとAmazonが取り組み始めたCXがケーススタディとして紹介されていました。2社のCXの取り組みを解説する内容は、マーケティングコンセプトとしてのCXについてだったように思います。非常に興味深かったので、ブックストアで最後まで立ち読みしたのを覚えています。(書籍は購入せず立ち読みで終わったのは、当時の自分の経済事情だったのでしょう。)
新しい価値観を提示した、CXの先駆者スターバックスとAmazonを紐解く
当時、西海岸を中心に急速に店舗を増やしていたスターバックスが、従来のコーヒーショップとは明らかに違うデザインとスタイルで消費者の支持を得はじめていた、その新しいトレンドには気づいていましたが、そのケーススタディを読んで以来、私自身はスターバックスを分析的に観察するようになり、一つ一つのプロセスを従来のコーヒーショップやチェーンと比較するようになりました。スターバックスはある時期から、お客さまに提供するものは「一杯のコーヒーではなく第三の場(Third Place)としてのスターバックス体験だ」というメッセージを強調するようになります。消費者にとって、家庭や職場の次の「第三の場」を提供するというマーケティングコンセプトは、まさしくCustomer Experienceをデザインし、マネタイズ(収益化)に成功した例だと思います。一杯ずつ売って商売するそれまでのコーヒーショップの経営から見れば、店内で長居されても構わないというスターバックスのコンセプトは、クレイジーで常識はずれのやり方にしか見えなかったはずですが、結果的に、そのスタイルが消費者によって支持され同社の成長は世界的に広がっていったわけです。
一方、オンライン書店から始まったAmazonはといえば、「地球上で最も顧客を大切にする企業になる」と標榜し、すでに創業(93年)から数年が経過していましたが、時流に敏感な米国消費者に支持され始めていました。それどころか、米国内の書店の経営者にとってAmazonは早くも脅威に映り始めていました。当時私は、米国内の大手独立系書店のオーナー経営者が集まってAmazonを研究する会に、なぜか書店オーナーでもないのに参加していたので、彼らの危機感を肌で感じていました。
つまり90年代中期の米国では、従来のマーケティング常識の尺度では理解しきれない出来事として、顧客の価値観を塗り直そうとする新しい経営者が次々と登場し始めていたわけです。それらはじわじわと、そして急速に浸透しつつありました。消費者が吸い込まれていくブラックホールがどんどん拡大していくように感じたのは私だけではなかったと思います。スターバックスやAmazonが一時的な流行りではなく、新しい価値観を提示したムーブメントであることが証明されるのに長い時間を要したわけではなく、今にして思えば先進的なCXの最初の波だったように思います。
スターバックスもAmazonも最初からマーケティングモデルをデザインして成功したというよりも、CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)やカスタマーサービスを徹底的に練り上げていったことで、消費者から支持されたのでしょう。まず段階的に進化していく組織があって、気がつくと圧倒的な市場シェアを獲得していた、というのが共通点だと思います。最初は、歌いたいから歌う、路上ライブで歌い続けたアーティストが、気がつくと大観衆の前でスポットライトを浴びていた、というサクセスストーリーに近いものを感じます。
消費者の思いの一歩先を描き切る、知覚価値から体験価値へ
何故スターバックスやAmazonの動向に関心があったかと言うと、当時私は、米国西海岸を拠点に米欧企業の対日ビジネスやマーケットエントリーのサポートを生業にしていました。86〜87年にデニーズインターナショナルの新規案件プロジェクトにコンサルタントとして関わったことがきっかけで、南カリフォルニアの外食チェーンの経営者と頻繁に顔を合わせる機会が増え、大手外食チェーンのマーケティングコンセプトや収益性をまとめ比較するなど、彼らのマーケティング手法に多少は詳しくなりました。彼らのコンセプトの核となる価値観(今流にはコアバリュー)の中身は極めて保守的だったように思います。当時の外食大手の経営者が考えた知覚価値(消費者に訴求するバリュー)は、スピードであり価格がメインでした。さらにいえば清潔さに、エンターテイメント、ヘルシーさ、くらいだったでしょうか。特に目新しさもなく、残念ながらマクドナルドのRay Krocが作り上げた世界観から大きく脱皮できていると思えなかったのです。
米国大手ステーキレストランチェーンの経営幹部が、「消費者が食べきれない分量を提供することがウケるんだよ」と、さも大事な秘訣を教えるかのように耳元でささやいたのが忘れられません。なるほどと思った一方で、なんて薄っぺらいんだろう、と考えざるをえませんでした。顧客が求める価値をまったく理解していないわけではないが、結局マーケティングで追求された知覚価値というものは、他社との競争を繰り返していくうちに、一旦は新鮮でワクワクさせてくれるものが、いずれは擦り切れてしまう。新しいものを求める消費市場とのギャップを埋めるには、もはや従来の知覚価値では難しくなってきていたのでしょう。
知覚価値という概念は、商品としての製品やサービスの魅力を最大化するためのものとして様々な観点から開発され、また消費者に訴求されてきたわけです。つまり商品価値を上げるにはどうすればよいのか、という議論の延長線にあるものだと思います。しかし、顧客視点から捉え直すと、商品だけでなく、顧客体験の全体像を対象にすべきだと考え方へと自然に発展していったと思います。
消費文化が高度に発展し、モノが溢れかえる時代に突入する。すくなくともアメリカや日本のような先進的な消費市場では、商品(製品やサービス)をめぐる知覚価値の追求が一定のレベルに到達した、と感じられるようになったと思います。しかし、消費者は、必ずと言って良いほどその一歩先を求める。その一歩先を描き切り、成功したのが、Amazonを創業したJeff Bezosであり、スターバックスを世界的チェーンへと成長させたHoward Schultzだったのでしょう。顧客の声(VOC)に耳を傾け、顧客の求める価値を追求し、カスタマーサービスの再定義をすることで、まったく新しい価値観で事業を発展させたアントレプレナーと成り得たのではないかと分析しています。さらに言えば、サービスの現場がとりわけ優れていたと言う点でも共通しています。これは、戦略が運用レベルまで行き届いていたということを示しているでしょう。
まとめ
30年ほど時代を遡り、私の個人的な経験を紐解きながら、なぜCXが必要不可欠なのかについて考えてみました。モノがあふれる時代、主導権は顧客にあると言えます。そこでは、顧客の多様な価値観を捉えて商品やサービスをデザインする「マーケットイン」の視点が益々求められるようになってくるでしょう。顧客の声に耳を傾けて、その期待を追求し、顧客の体験を含めて商品をデザインすることが、全ての企業に求められる時代が来ているのです。
株式会社 ラーニングイット 代表取締役
畑中 伸介