なぜ今CXなのか?先進事例から味の素CEO補佐とひも解く「DXで進化するCX」
CX the View
2022.12.16
あなたは、他社の商品・ サービスとの差異化で困っていませんか?差異化において、今注目を集めているのがCXです。スタッフの接客態度、商品やサービスの性能や使いやすさ、アフターサポートや解約時の応対など、CX の改善・向上には、デジタルテクノロジーやデータ活用をはじめとしたDXが欠かせません。
今回は「DXで進化するCX」をテーマに、ローソンやウォルマート・ジャパン、西友のDX を推進、現在は味の素で新規事業創出に取り組む白石氏をお招きし、事業におけるCX の重要性、小売業におけるCX のあり方について伺いました。
<参加者>
白石 卓也
元Walmart Japan CIO
味の素株式会社 CEO 補佐
フューチャーアーキテクト、日本IBMなどを経て、2015 年からローソン執行役員。ローソンデジタルイノベーション代表取締役社長、オープンイノベーションセンターセンター長を歴任。2018 年よりウォルマート・ジャパン/ 西友CIO 、2020 年より味の素に参画し新規事業を推進。東京大学大学院工学系航空宇宙工学科修了。
米林 敏幸
株式会社NTTマーケティングアクトProCX シニアプロデューサー
井上 雅博
株式会社NTTマーケティングアクトProCX チーフプロデューサー
日本企業におけるIT部門の位置づけを経営レベルまで高める必要がある
井上:本日は、白石さんをお招きし、DX観点でCXをいかに高めていけばいいかというお話をしていきます。トークテーマは「なぜ今CXが重視されるのか」「DXで進化するCX」。この2つのテーマについてお話しいただけたらと思っております。
米林:白石さんは前職まではCIO、現在は味の素でCEO補佐を務められています。CEO補佐はなかなか聞き慣れない役職ですが、そこに至った背景を教えていただけますでしょうか?
白石:私は新卒からずっとIT部門に所属、もしくはIT部門を支援するコンサルを行ってきました。外資系企業も経験した中で、私が特に日本企業の課題だと感じていたのが、組織の中でIT部門の位置づけが低いこと。中でも大きな違いは、経営層のITリテラシーでした。そのため今後はなるべく経営に近いポジションでデジタル改革を推進するべきではないかという意図で、CEO補佐となりました。
米林:コンサル16年、事業会社10年と外資系も日系も経験豊富な白石さんが、改めて事業会社でDXを推進していこうと思われたのはなぜですか?
白石:やはり最後の「実行」を担うのは事業会社の方々だから、という理由が大きいです。コンサルを経験し、効果的な活用方法も知っているので、上手く活用しながら事業を伸ばしたいですし、グローバルで活躍する日本企業が増えてほしいという思いもあります。 特に「食」という領域は、グローバルでまだまだ戦える領域だろうと思っています。他の分野だと、エンタメやアニメの領域も強い。ですが、これらの領域においても、いつまでも待ちの姿勢だとグローバルの企業がテクノロジーを使って発展し、かつての自動車や家電のように逆転されてしまう可能性もある。だから今、日本企業のDXを進めていきたいと思っています。
米林:「他国の料理で何を食べたいか?」というアンケートで日本食がナンバーワンになっているものもありますし、日本の魅力の1つとして「食」は大きな要素です。そういった観点で、食の事業会社においてグローバルに発信していきたいということですね。
白石:そうです。味の素は「食と健康の課題解決企業」を謳っています。少し前までは食の訴求は「美味しい食事」だったのですが、近年は「健康になるための食事」という要素も大きくなっています。健康の面でも、日本食や日本文化には他国にとってのヒントがあると思うのです。
DXの4ポイント「ビジネスモデル」「CX」「データ活用」「表と裏のデジタル」
米林:DXにおいては、やはり組織の壁が少なからずあると思います。その壁を取り払うためにはどうするべきかお聞かせいただけますか?
白石:組織の壁はどの会社にもある話ですが、それを一気に解決する魔法の杖はありません。ただ、外部との連携の重要性は主張しておきたいです。「中の人が言っても通らないけれど、外部の人が言うと通る」というように、外部と連携することで、社内のコミュニケーションも円滑になっていく事例は往々にしてあります。それもコンサルを使う意義の1つです。
米林:ありがとうございます。では、DXの重要なポイントは何でしょうか。
白石:私はDXのポイントは4つあると思っています。「①ビジネスモデルの再定義」「②お客様志向経営、CX経営」「③データ活用経営」「④表のデジタルと裏のデジタル」です。
白石:ビジネスモデルの再定義。これが、今のDXが昔の業務改革と違うと言われるところです。テクノロジーは「売上拡大」と「コスト削減」という2つの方向で活用されてきました。ところがここ6〜7年ほどでは、業界をディスラプションするテクノロジーの使い方が増えています。 音楽がレコードからCD、そしてストリーミングに変化したように、ガソリン自動車が電気自動車に変化したり、AmazonがAmazon Goのように実店舗に進出してきたり、あらゆる業界でビジネスモデルそのものが変わっています。 ビジネスモデルが異なる他業界の企業が参入してくる。これはものすごい脅威です。日本企業は同業界の競合だけを意識してきたけれど、これからは全く全然違う観点で勝負しなければならない。 だからこそ自分たちのビジネスモデルを1度再検証する必要があるのです。1本足打法ではなく、自分たちのアセットを使いながら、別のビジネスモデルに移行もしくはその準備をすること。これが今のDXには欠かせない観点です。 「表のデジタルと裏のデジタル」とありますが、「表のデジタル」はドローンを使って配達しました、ペッパーくんを店頭に置きましたといったわかりやすいこと。これはどの企業もPOCとしてトライするのですが、それが軌道に乗ったり、実際に売上が伸びたりしている企業はほとんどありません。 成果に結びつかない理由は、「裏のデジタル」と言われる、プロセスがアナログになっていること。よく笑い話にされますが、「ロボット導入の決裁書類が紙で回ってきてハンコを押す」というようなことですね。 表面的にデジタル化していても業務プロセス、組織、働き方を変えていかないと、成果には結びつかないですね。裏を返すと、今成長できている企業は、しっかり裏のデジタル改革ができている企業だと言えます。
自社だけで完結しないCXの捉え方をするために
米林:①の「ビジネスモデルを再定義する」ために、IT部門が気をつけるポイントはありますでしょうか?
白石:これはIT部門だけでは難しいので、経営層から考えなければなりません。ただ経営層はもっとインプット量を増やしていかないといけないと思っています。その点、IT部門やDXはあまりインダストリーが関係ない領域であり、当然のように他業界の動向を見ています。経営層に向けてインプットの役割を果たせるのがIT部門だと思います。
井上:私は普段、現場寄りの仕事をすることが多いです。②「お客様志向経営、CX経営」において、DXについて上層部に話すときには、効率化やコスト削減などであれば数字で説明しやすいのですが、CXの現場との紐づけ方をお聞かせいただけますか?
白石:カスタマージャーニーを描くと、現場も経営層もみんなが同じ目線に立てますよね。我々はお客様の何をどう解決するのか、ストーリーを共有することが重要です。そのストーリーの中で「この施策はここのコスト削減を図るものです」と明示できると、全体の1枚画と、点の施策の関係性がわかりやすくなります。
米林:企業は顧客の実態を捉えないといけないというのが、白石さんのメッセージだと思います。白石さんの接している小売、流通、製造業界においてはCXをどのように捉えられているのか、ご説明いただけますか?
白石:一時期CRMが流行りましたが、昔のCRMはポイントカードや会員登録といった施策が主流でした。なぜなら、顧客を知る方法が「それしかなかった」から。でも今のCXは、テクノロジーの進化によって大きく変わってきています。 スマホの普及、センサーやカメラの進化によって、顧客の行動が可視化できるようになり、カスタマージャーニーを捉えやすくなってきました。買い物時だけでなく、買い物前・買い物後まで広げて、どんな行動をとっているのか考えること。シームレスに顧客体験をつなげていくのがポイントです。
白石:今の顧客は、昔以上に多様化しているので「店舗に来たところだけ考えるのではもう遅い」と考えた方がいいでしょう。
米林:顧客の中には他社との比較があるので、自社だけでは行動は完結していない。その意味で、様々な動機、行動などからインサイトを把握しないと、競争優位性はつくりづらくなりますね。
白石:どんな大企業でもその企業だけでカスタマージャーニーを描くことはできない。これはもう明確に言えます。
小売業のCXで重要なこととは?ウォルマートに学ぶ
米林:次に、小売に特化して少し解像度を上げてご説明いただきたいと思います。
白石:CXは結局、「お客様をどれだけ知るか」ということが重要です。知るためには、いろいろなタッチポイント、チャネルで顧客の行動を把握することです。 例えば、通信キャリアは位置情報を握っているので、小売店舗に来る前にどこに行ったのかなどがわかる。SNSであればその人が普段どんな発言をしているのかがわかります。その他にも、どんなところに住んでいるのか、帰った後に食品をどうやって食べているのかなどまで広げて考えていくことが可能です。
米林:我々もBPO事業者としてコンタクトセンター、EC、実店舗の支援をしております。こういったチャネルもやはり自社だけで用意するものではなくなっているということですね。例えば白石さんがCIOを務められたウォルマートは、軸となるスーパーの顧客データをもとにヘルスケアや保険など、多角的にサービスを広げている、ライフプラットフォーマーのイメージを持っていますが、先行事例として詳しくお話しいただければと思います。
白石:ウォルマートの何が一番すごいかというと、元々リアル店舗中心だったのでネットに一時期出遅れたのに、そこから大胆にM&Aを繰り返しながら大きな投資をして、数年で一気にECマーケットを取り戻したことです。大企業ならではの正攻法でオンラインとリアルを上手く活用して商材や顧客接点をどんどん増やしている。 その上、トライアルも早いし、ダメだと思ったら撤退も早いです。全店舗でいきなり導入したと思ったら、1年後に全部撤退することもある。これは言うのは簡単ですが、実践できている企業はあまりないと思います。それを、世界一の巨大企業で実践できることがすごいですね。
米林:国内企業のデータ活用の実態はいかがでしょうか?
白石:一時期、「とりあえずデータさえ集めればいい」という流れがありました。でもそれが「質の良いデータ」「使えるデータ」になっているかというと、そうではない。活用する際には、まずデータを整備しなければならないのですが、ここが非常に時間がかかるんです。そこを避けて通ると、その先の成果が出てこない。 なので私は西友(ウォルマート)のときも、1年間かけて整備をしました。その先にはじめてデータ活用があると思ったほうがいいと思います。
顧客インサイトを得る方法としてのVOCの重要性
米林:視聴者の方からご質問です。「顧客接点を増やして、動向を把握する重要性はわかりますが、これをどう成果につなげていくと良いのでしょうか?」
白石:ここは個社の設計になるので、一律に言えるものではないのですが、1つは、先ほどもあった「顧客インサイト」です。いろいろなチャネルを見て、前後の行動にアクセスし、顧客がどういう考えで動いているのかを見つけること。 いくらいいものを作っても、それを認識してもらえない限りは売上にはつながりません。認識してもらうために、いろいろなところに出張っていき、「こんないいものがありますよ」とアピールすることも重要なのです。
米林:今のお話は、我々顧客接点のBPOとしても重要な部分だと思います。お客様の課題を把握できると、先回りして情報提供ができる。 また、最近カスタマーサクセスの需要の高まりを受け、アフターケアや継続的なリレーションを重視していこうという風に考え方が変わっています。そのためのインサイトを得る方法として、VOC(ボイスオブカスタマー)は企業の資産となります。VOCを活用していくことが、面としてカスタマージャーニーを捉えたときに重要なポイントだと思います。
白石:VOCの重要性は昔から言われていることではありますが、そこをいかにカスタマージャーニーに結びつけるかがポイントになります。「点で捉えない」ということですね。
米林:カスタマージャーニーや顧客インサイトを踏まえて、どうやって実践に落とし込むのか、アドバイスをいただければと思います。
白石:DXでは、成果が出やすいところからやっていくのが王道です。1つ成果を出せると次につながりやすいので、売上拡大でもコスト削減でも、結果が出やすいところから手をつけて、賛同者を増やしていくのがいいと思います。
ファクトを押さえ、インサイトを拾い、顧客体験に生かす
井上:今日のポイントを3点にまとめました。
- 1つは、DXとCXの関係性です。DXはあくまで手段であり、いかにお客様視点でCXを実行していけるかということ。
2つ目は、自社だけでは完結しないということ。ここのキーワードは「シームレス」です。購買前でも購買中でも購買後でも、シームレスな体験を設計していくことが重要です。
3つ目はまさに最後の方のお話で、接点やチャネルを増やし、そこからいかに顧客の声やインサイトを拾い、活用するのか。
この3点を踏まえて、CXを実行していくことが大事になってくるのではないでしょうか。
米林:最後に、読者の方に一言メッセージをいただければと思います。
白石:昔はデータを分析をしながら、「顧客はこう考えているだろう」と想像していました。でも現在のデータ活用で面白いのは、かなりリアルタイムで顧客の行動が見えることです。見えるのだから、もう下手に想像する必要がないということです。
井上:白石さん、本日はありがとうございました!
味の素株式会社 CEO補佐
白石 卓也