経営戦略としてOMOやCXを実現するには? 現役経営層が語る「次世代のオムニチャネル戦略」
CX the View
2022.12.16
オンラインの活用により企業におけるチャネルが多様化している今、CXの向上をするにはオムニチャネル戦略が欠かせなくなっています。顧客にシームレスな購買体験を提供するオムニチャネルの実践により、顧客利便性を向上させ、商品の販売機会を増やすことができます。
今回はAmazonジャパン、セブンアンドアイホールディングスのDXやOMO施策を推進し、日本オムニチャネル協会のフェローも勤める田丸知加氏をお招きし、「次世代のオムニチャネル戦略のあり方」について座談会を行いました。
<参加者>
田丸 知加
株式会社サンドラッグ 執行役員 兼 EC事業部 事業長
日本オムニチャネル協会 実務フェロー
日本大手通信会社を経て、2003 年Amazonジャパンに入社。16 年に渡り、小売部門にて全商品の商品登録から販売、販売後の販売促進、マーケティングや広告、運用まで、カテゴリー横断の多数サービス・業務改革・プロダクトの日本責任者に従事。2009年からセブンアンドアイホールディングスにて、デジタル戦略企画部長として、グループ横断のDX・EC 推進、新規事業立案を行う。その後、Walmart の子会社であった西友に参画し、OMO 施策や楽天西友ネットスーパーの新規事業開発等幅広く従事。2021年11月より株式会社サンドラッグ 執行役員 就任、2022 年3 月、日本オムニチャネル協会にフェローとして参画。
米林 敏幸
株式会社NTTマーケティングアクトProCX シニアプロデューサー
井上 雅博
株式会社NTTマーケティングアクトProCX チーフプロデューサー
「顧客起点の行動」が人事評価に直結するAmazon
今回の座談会では「オムニチャネル戦略の理想と現実」「VOC活用で導く事業成長」という2つのテーマに焦点を当てて話を進めました。VOC活用の基本思想となるカスタマーオブセッション(顧客起点)のリーディングカンパニーであるAmazonの取り組みを皮切りに、現在の日本で求められる次世代のオムニチャネル戦略を紐解いていきます。
米林:はじめに、田丸さんが16年間在籍されたAmazonで社員の行動規範として掲げられている「Our Leadership Principles」では、14ヶ条の1つ目が「カスタマーオブセッション」(顧客起点)とお聞きしたことがあります。ここからCXへの意識の高さが顕著に出ていますが、これが実際の業務とどのように接続しているのか、まずお聞かせいただけますか。
田丸:そもそもAmazonでは入社後の業務以前に、入社面接の時点でこれまでのキャリアにおいてカスタマーオブセッションを考えてきた人かどうかをかなり重視して評価します。入社条件としてカスタマーオブセッションを満たせる人材であることが指標ですから、そこから違いますよね。また、特定の業務でなく人事評価が「Our Leadership Principles」に基づいて評価されます。一般的には売上などの数値で見られますが、Amazonでは行動規範を起点にしてすべてが動く。これは私自身入社当時は衝撃的でしたが、非常にシンプルであり、顧客起点という軸がぶれないために大切なことです。
米林:たしかに多くの企業では業績が評価軸になっていますが、その結果をつくるための行動が評価されるというのは素晴らしいですね。
井上:僕も実際にAmazonを利用した際、アプリで商品を「手元で受け取りたい」というリクエストを出したところ、すぐさまご連絡をいただき、次の配達からきちんと届けてくれるようになったレスポンスの早さからCXの高さを体感したことがあります。
些細なことではありますが、こういった体験の積み重ねによりAmazonに対するファン度は高まりましたし、アプリで連絡してチャネルの違う宅配の方まですぐに声が行き届くというこの一連の営みが、今回のテーマである「オムニチャネル」に近い事象ではないかと思いました。
田丸:Amazonではお客様のお問い合わせに対して、ファーストリプライ(一番初めの回答)までの時間と、お問い合わせが解決するまでの時間を、秒単位でトラックしています。できるだけお待たせしないという姿勢が、他社のカスタマーサービスとは比較にならないくらい貫かれています。
世界一の小売・ウォルマートが見せたスピーディーな方針転換
米林:日本ではカスタマーサービスの指標として「お問い合わせは○時間以内に返す」「○コール以内に出る」などのファーストリプライを重視している企業も多いと思います。しかし、実際に問題が解決したかどうかという、お客様にとって一番重要なところも見ていかなければならないですよね。田丸さんの身近なところで、そういった本質的なCXの事例はありますか。
田丸:アメリカのウォルマートですね。彼らは2年前にコロナが蔓延してきた時期に、商品をネットで注文し店舗のドライブスルーで受け取れるアプリを開発しました。リリース直後は様々なお客様からのご要望が寄せられていましたが、しっかりとその声を拾い上げ、そしてリクエストをもとにものすごいスピード感で機能追加をしていったんです。その結果、着実に満足度を高め、アプリのダウンロード数がAmazonアプリを抜いてしまうほどでした。
この時彼らが何回も言っていたのが「カスタマーサティスファクション」(顧客満足)。これは経営戦略自体を、これまでの低価格重視という戦略から、時代の流れに沿ってCX重視にチェンジしようというものです。ウォルマートのような老舗企業の文化を変えることは、日本でもアメリカでも骨の折れる取り組みですが、ウォルマートはいち早く転換できたため、結果的に今も世界ナンバーワンの小売業として君臨されているのではないかと思います。
勘違いが多いオムニチャネルとOMOの概念
井上:現代において「カスタマーサティスファクション」(顧客満足)を実現するためにはチャネルを増やしお客様の声を多角的に捉えるオムニチャネル戦略を取る必要性を感じますが、まずは概念の共通理解を図るため「オムニチャネル」を簡単にご説明いただけますか。
田丸:「オムニ=全て」という意味ですので、店舗やEC、SNSなど顧客に関わるありとあらゆるチャネルを統合するのが、オムニチャネルです。チャネルを一方向的に「つなぐ」というよりは、「1つの箱にまとめる」というのが本来のオムニチャネルの概念です。複数チャネルをつくればいいというわけではなく、それらを統合することが基本概念になります。
井上:我々も様々な企業様とお話していると、マルチチャネルなのかオムニチャネルなのかという議論が多いです。チャネルに対する概念の捉え方について、国内外の違いはありますか。
田丸:前提としてSNSやメール、アプリなど、いろいろな接点(チャネル)をつなげて活用していくのがマルチチャネル。そもそもすべてのチャネルが統合されているのがオムニチャネルと理解していただきたいと思います。
国内の場合、各チャネルのIDを統一して終わりという傾向が強いです。この状態では各チャネルを一元的に見られるようにはなっておらず、リアルはリアル、ネットはネット、広告は広告、SNSはSNSといった形でチャネルは複数ありますがバラバラに管理されていることが現状です。一方で多くの海外企業では、複数あるチャネルをいち早く統合、つまりOMOが進められています。
例えば小売業界の代表的な施策として「LINEから店舗のクーポンを配って来店促進する」というものがあります。日本の場合はこれをOMOだと認識している人たちが多いと感じています。しかしこの施策の構造を見てみると、お客様がネット経由で購入したもの、SNS広告に反応したタイミング、店舗に行って不満の声をあげたことなど複数チャネルでの行動を一元的に見ることができていないのが現状です。だからチャネルをまたいだ横断的なデータとして溜まりづらく、カスタマーエンゲージメントが高まらない。これは非常にもったいないことです。
チャネルを統合するためには、基本的にオンラインを軸に考えていく必要があります。Amazonは元々オンラインに軸足を置いていますので、その仕組みをベースにAmazonGoなどのオフライン店舗に需要予測やお客様情報を入れ込んでサービス展開をしています。ウォルマートはオフラインがメインの会社でしたが、店舗の仕組みをECベースにがらっと変えてしまいました。アプローチは様々ですがOMO施策は、単一のチャネルで完結するものでなくオンラインを軸にした仕組み自体を変えることで成り立つものなのです。
「チャネル分断」と「評価軸」が日本企業の課題
井上:オムニチャネルを実現するにあたり、日本企業の課題は具体的にどんなところにあると思いますか?
田丸:1つは、今お話ししたようにオンラインとオフラインが分断されていることです。特に小売りにおいてこの傾向は顕著ですが、ECがまだ補足的な役割として認識されていることが大きいです。お客様の行動も声もオンライン上で1つにまとめるのはハードルが高いかもしれませんが、すごく重要なポイントです。
2つ目は、カスタマー起点の評価ですね。日本企業の多くは理念に「顧客第一」を掲げていますが、Amazonの人事評価のようにカスタマーオブセッションが人事評価にまで直結しているという例を、私は聞いたことがありません。
米林:徹底的なカスタマー起点の視点を維持するために、AmazonではCEOを含めて管理職や経営層が現場でお客様と直接接する経験を必ず積むと聞いたことがありますが、これは本当ですか?
田丸:本当です。ある一定以上の役職になると、幹部研修として強制的に行うことになります。私は仙台のコールセンターに行き、カスタマーサービススタッフに紛れて実際にお問い合わせを受けました。今でも当時ものすごくドキドキしたことを覚えています。(笑)
創業者のジェフ・ベゾス氏、AmazonJapan社長のジャスパー・チャン氏をはじめ、Amazonでは管理職や経営層みずからがカスタマーセンターに入ってくるお問い合わせを日々チェックしています。また顧客は、ジェフ・ベゾス宛、ジャスパー・チャン宛に直にメールが送れるようになっており、そこで不満内容を送ると、いち早く改善するための担当者がアサインされてプロジェクトが動き出す仕組みになっています。
「問い合わせ=クレーム」と捉えがちな日本企業
井上:Amazonの規模で近い距離での経営層とお客様とのコミニュケーションを実現することはすごいですよね。日本企業は大きくなればなるほど経営層とお客様の距離感が遠くなるのが当たり前という感覚がありますが、田丸さんはサンドラッグでそういったお客様とのコミニュケーション面も改善されようとしているのですか。
田丸:まずは私自身が毎日お客様の声を確認するようにしていますね。今は、お客様によって、SNSでコメントしたり、各ECチャネルに書き込んだりしていて一元化しにくいのですが、主要なところは必ず人任せにせず自分で見ます。本来はジェフ・ベゾス氏のように、社長自身が一次情報を見ることがベストだとは思いますが、まだそこまでは難しいので、私が見た上でサマリーを社長に伝えることでお客様の声できちんと経営者に伝わるための橋渡し役をしています。
井上:Amazonやウォルマートでは、お客様の声に対して基本的にウェルカムな姿勢ですよね。日本の企業の場合、「お客様の声=クレーム」として考えてしまうことが一般的です。その結果、なるべくコールセンターの電話が鳴らないように、メールやチャットというチャネルを設けるという発想になってしまっています。
田丸:おっしゃる通り、日本の企業はお問い合わせの数の少なさが品質の高さと認識されている面もあり、お問い合わせが多ければ悪という捉え方が強いです。確かに企業側に問題があり、たくさんの問い合わせをいただくパターンもあります。しかし、数や比率だけを指標とするのは本質的なCXに対しては必ずしも正解ではないことを、声を大にして伝えていきたいところです。
この原因については国民性によるカルチャーギャップが大きいのかなとも思っています。日本は何か困ったことや不満があるときだけ申し出をするものですが、欧米では「これがあってすごく助かったよ」といったフィードバックもお客様の声に多く含まれています。お客様からの視点の違い、この違いがKPIにも表れていますね。
部署を横断したフィードバックの共有と解決の仕組みが大切
米林:お客様の声の受け取り方ひとつをとっても会社の仕組みや評価のあり方によって、同じ事象に対しての捉え方や行動が変わってきますね。お客様の声を現場のスタッフにフィードバックする上で注意されていることはありますか?
田丸:フィードバックの際にありのまま共有するだけだと、悪いフィードバックに引っ張られて、モチベーションが下がってしまったり、「できないのは仕組みの問題だ」といった現場からの不満になってしまいます。そうならないために、必ず良いフィードバックをピックアップして伝えます。その後に、悪いフィードバックについて建設的に議論する時間をつくっています。共有だけではなく、よりよいCXのために話し合える場やその雰囲気づくりを心がけているところです。
米林:なるほど。いろいろなチャネルから得られたお問い合わせに潜む要望や期待、それに対する解決の方向性と具体的な手段などを部署間で語り合う場が非常に重要であるということですね。そういった話し合いの場に田丸さんのようなオムニチャネルを俯瞰して取りまとめていくポジションの方がいることで、社内の部署を横断した共有や施策について議論がしやすくなりますよね?
田丸:そうですね。月1回でも、各チャネルからの声やその改善策を複数の部署で擦り合わせるようにしないと、お客様の声が埋もれてサービスに反映ができないですから、誰かそこをまとめられる人がいるといいと思います。その意味では、コンタクトセンターは全部署の仕事に関わるすごく重要な部署ですので、オムニチャネルを取りまとめるポジションに最適なのではと思います。
井上:ありがとうございます。本日のお話しを踏まえてオムニチャネルを実践して、顧客利便性を向上させるための要点は大きく3点あったと思います。
- 1つ目は、徹底した顧客視点で全体のオムニチャネル戦略を最適化していくこと。
2つ目は、顧客の声や行動を集約するだけではなく、分析してアクションにつなげていくこと。
3つ目が、部門を横断して価値を生んでいくこと。
田丸:そうですね。お客様の声は毎日とどまることなく蓄積されていくなかで、きちんと定量化することで経営層への説得力を持つものになります。もしまだ経営層がお客様の声を直接見られる状況になくても、それはお客様の声を横断的に共有できる文化がまだ日本にはないだけです。なので、まずは本日ご参加いただいたみなさまが一度、ご自身でお客様の声を覗いて体感してみることで進んでいけることがあると思います。
井上:今日からでも変えられるような具体的なアドバイスをいただけたと思うので、ぜひ心にとめて、顧客起点について改めて考えていただけたらと思います。田丸さん、本日はありがとうございました。
株式会社サンドラッグ 執行役員 兼 EC事業部 事業長
田丸 知加