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CXで最も重要なポイントは「生身のお客さま」への「共感」

CXで最も重要なポイントは「生身のお客さま」への「共感」

CX the How

2022.12.16

  • 株式会社ディライトデザイン 代表取締役

    朝岡 崇史

CXで最も重要なポイントは「生身のお客さま」への「共感」

CXがブランド差別化の武器として注目される理由と、企業間競争ルールの劇的変化

CX(お客さまのブランド体験)がブランド差別化の武器として注目を高めている。それには明確な理由がある。需要が供給を上回り、機能的な価値やイメージ価値でブランドを差別化することが比較的容易だった時代、テレビや新聞などマスメディアでの広告がマーケティングプロモーションの武器として有効に機能した。しかし2000年代以降、製品やサービスの「同質化」や「成熟化」(注)が加速度的に進むと、もはや機能的な価値やイメージ価値でブランドを差別化することは困難になった。

(注)「同質化」とは企業が提供する製品やサービスにお客さまが知覚できる差がなくなること、「成熟化」とは新規のお客さまがいなくなり市場の伸びが鈍化することを意味する。「同質化」と「成熟化」を放置すれば、激しい価格競争が起き、中長期的に企業の体力を削いでいく。

「同質化」「成熟化」が加速する状況を克服して、ブランドを差別化する最強の武器となるのがCX(お客さま体験)価値である。ブランド価値としてのCXはお客さまの生活的な価値の一部であり、機能的な価値やイメージ価値よりもさらに上位の概念だ。企業は「卓越したブランド体験で選ばれる」ようになるために、企業主語で構築した自社のマーケティングプロセスを抜本的に見直し、お客さま主語でデザインし直す必要が出て来た(例:接点づくりや接点でのサービス)のである。

また企業がCXに真剣に取り組むことは、企業間の競争ルールが劇的に変わることも意味する。 図はマス広告がブランドの差別化の武器だった時代(左の図)とCXがブランド差別化の最大の武器に変わった時代(右の図)の企業のマーケティング戦略の変化を図式化したものである。 前者では製品やサービスを「売り切ること」がゴールであり、広告の影響力で企業が仕掛けたファネルに大量のお客さまが入ってきてくれたので、企業内の組織間の連携が多少悪くても結果としてどうにか事業成果を上げることができた。 しかし、後者ではそもそも新規のお客さまの数が少ないので、一人一人のお客さまに卓越した感動体験を提供することでブランドのファン、インフルエンサーになってもらうことが重要だ。お客さまが自発的にSNS上で発信する推奨やポジティブな評価を戦略的に活用して新規のお客さま予備軍を増やす仕掛けが必要になる(ダブルファネル)。まさに「売ってお客さまにどう感じてもらうか」がゴールになるのであり、CXを高めるために企業内では「お客さま主語」の考え方を共有し、全ての部署が「お客さまの豊かなCX実現のために」全体最適を図る取り組みが必要になる。

企業間の競争ルールの図です。

CX価値を高めることは企業に多大な労力・時間を要求するし、社内にCXの専門家がいない場合はコストを払って外部の専門リソースのアドバイスを受けることを検討する必要も出てくるかもしれない。しかしCXの取り組みをマーケティング戦略の中核に据え(CX戦略)、全社で真剣に取り組むことは企業にとってブランド差別化の最大の武器になるだけでなく、競合他社に対しても容易には模倣できない参入障壁を築くことにもつながる。

CXの考え方のベース「デザイン思考」で高まる、豊かなアウトプット

CX戦略の考え方のベースになっているのが「デザイン思考」だ。「デザイン思考」とは端的に言うと「人間中心のクリエーティブな問題解決アプローチ」のことだ。

デザイン思考は「共感」→「定義」→「アイデア」→「プロトタイプ」→「テスト」と言われる5つのプロセスで構成される。

「共感」とはデプスインタビュー、エスノグラフィー(参与観察)、シャドーイング(擬似体験)などの手法を使って集められたお客さまのプロフィールや価値観、ブランド体験プロセスなどに関する情報源を統合・分析してお客さまへの理解を深めることを指す。「共感」のプロセスにおいては「ペルソナ設定」や「カスタマージャーニーマップ」といったツールの活用が有効である。

「定義」は「カスタマージャーニーマップ」で示されたお客さまの気持ちの変化に寄り添いながら、お客さまのCXの価値を下げている「ペインポイント」(イライラやガッカリ)や「機会点」(お客さまの気持ちが動いていないステップ)を特定し、企業にとってCX改善の課題や優先順位を決めることだ。課題の設定は表面的な気持ちのレベルにとどまらず、お客さまのカスタマーサクセス(進歩)につながる「根源的な課題」(「ジョブ」と呼ばれる)のレベルまで深掘りすることが望ましい。

課題が「定義」できれば、お客さまの課題を解決し卓越した感動体験を生み出す「アイデア」のプロセスに進むことができる。「アイデア」のプロセスでは「ブレインストーミング」や「ワールドカフェ」(グループのメンバーの一部を入れ替える)などの工夫によって、アイデアの種類をなるべくダイナミックに拡散させることが大切だ。 そして複数のアイデアの中から良さそうなものを選び出し、試作品をつくる「プロトタイプ」へと進む。そして最終的にお客さまへの「テスト」を通じて良かった点、修正すべき点を洗い出し、アジャイル(Agile:迅速)にアイデアの改善に結びつける。お客さまに対して「テスト」を行う際には「フィードバックマップ」を使ってお客さまからの反応や意見、気づきを丁寧に記録することが求められる。

デザイン施工による問題解決プロセスの図です。

上記の「デザイン思考」の問題解決プロセスを図式化したのが上記の図である。このようにジグザグの図で示される理由は「デザイン思考は非直線的で反復的な性格を持つ。何かおかしいな?と思ったら、迷わずひとつ前のプロセスに戻る。同じ失敗をするなら、早く失敗する。失敗から多くを学び改善する」という「デザイン思考」のフィロソフィーが反映されているからである。CXの世界では「成功の反対は失敗」ではなく「何もしないこと」なのである。

企業が「デザイン思考」のプロセスにしたがって自社のCX戦略を作成するにあたって有効な手法は、企業内で組織や階層の枠組みを超えたタスクフォースチームを編成してワークショプ形式で行うことである。またその際には下の図で示した通り、「デザイン思考」の5つのプロセスに沿って、アイデアの「発散」と「収束」を繰り返すことを強く意識してワークフローを設計することが求められる。CX戦略を作成することは、企業にとっての暗黙知を形式知化する営みであり、限られた部署の少人数で行うよりも「発散」と「収束」のメリハリを効かせつつ、グループワークのダイナミズムを活用する方が豊かなアウトプットが期待できるのだ。

アイデアの発散と収束を繰り返すデザイン思考の図です。

「生身のお客さま」への「共感」が最も重要なCX戦略とは

最後に「デザイン思考」のプロセスに沿ってCX戦略を作成するプロセスのうちで最も重要な「共感」のプロセスについてもう少し深く考えてみたい。

「共感」を英語で表す場合、

エンパシー:「EMPATHY」 と  シンパシー:「SYMPATHY」

があるが、CXで重要な「共感」はエンパシー:「EMPATHY」の方である。前者が「他人が抱えている感情をそっくりそのまま自分のものと感じること」という強いニュアンスがあるのに対し、後者は「同情」や「思いやり」を示し、「相手の悲しいことや辛いことに哀れみを感じること」というライトな意味である。文字通り「他人の靴を履く」(“Put yourself in someone's shoes.”)を示すエンパシー:「EMPATHY」こそ、CXで追い求める「共感」の正体である。 同時に「デザイン思考」では「生身の人間のニーズの解決を目指す」という点も重要である。18世紀に活躍したアダム・スミス以来、経済学は理論の中心に「合理的経済人」を置いてきた。しかし、「デザイン思考」では「生身のお客さま」に真摯に向き合い、その気持ちの変化に寄り添うことが何よりも大切とされる。

それでは「生身のお客さま」への「共感」を深めるためにはどうしたら良いか?それには「観察」と「洞察」について意識を研ぎ澄ますことが大切である。 「観察」はサイエンスの領域であり、「洞察」はイマジネーションの領域である。「観察」については前の章でデプスインタビュー、エスノグラフィー(参与観察)、シャドーイング(擬似体験)などの調査手法を紹介した。「観察」において手を抜かず、「ラダリング」(はしご登り法)などの手法によって生活価値観のレベルまで迫ることができれば、調査では把握し切れない心の深い領域に対する「洞察」が鋭くなり、結果として「生身のお客さま」に対する「共感」の度合いは飛躍的に進む。

そして、お客さまに対する深い共感がワークショップに参加するメンバーにも共有されることで、特定のお客さまセグメントを代表する仮想のお客さま像である「ペルソナ」を作成するワークもリアリティが高いものになる。必然的な流れとして、ペルソナに「乗り移る」ような感覚で、より生き生きとした「カスタマージャーニー」(お客さまのブランド体験のプロセス)をマップの形で再現することも可能になるはずだ。 逆に「観察」をおざなりにすると、「洞察」の幅が極度に狭まり、お客さまに対する理解不足から企業のステレオタイプの思い込みを許容するリスクが大きくなるだけでなく、「共感」から後ろの「定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」の精度も大きく低下して、結局、形だけの「使えないCX戦略」ができてしまう。

CXを差別化の武器にしたいと考えるならば、企業が向き合う「生身のお客さま」への「観察」と「洞察」についての意識を研ぎ澄ますことで、「共感」力に磨きをかけることが何よりも重要である。

朝岡 崇史

株式会社ディライトデザイン 代表取締役

朝岡 崇史

ブランド戦略、CX戦略を専門とするコンサルタント。
前職の電通ではブランド戦略を担うコンサルティング室長、電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクターを歴任。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース マイスター(2011年〜現在)を務めている。近著に『なりわい革新』(2022年1月 宣伝会議 共著)がある。

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