SaaS営業から紐解くカスタマーエンゲージメント
CX the View
2022.12.16
営業のスタイルが大きく変わりつつある現代。どのような点を意識して営業活動やカスタマーサクセスを行っていけばいいのでしょうか。
今回は「これからのSaaS営業」をテーマに、長年SaaS業界でセールス・マーケティングに携わり、現在はラクスルでセールス責任者として“The Model型”の営業組織の立ち上げに従事している千葉氏をお招きして、これからのSaaSの営業 に求められる視点について語っていただきました。
<参加者>
千葉 祐輔
ラクスル株式会社
Head of Sales & Marketing
大学卒業後、地元の印刷会社に新卒入社。以降、SaaS領域を中心にスタートアップを含む複数社で、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス、マネジメント、事業企画などを経験してきた。2021年、ラクスルに入社し、大企業向け印刷・販促管理サービス「ラクスル エンタープライズ」の事業立ち上げに従事。現在はHead of Sales&Marketingとして、さらなるグロースを目指し奔走中。
米林 敏幸
株式会社NTTマーケティングアクトProCX シニアプロデューサー
井上 雅博
株式会社NTTマーケティングアクトProCX チーフプロデューサー
カスタマーサクセスとは、「概念」である
井上:本日は大きく「SaaSビジネスの台頭により変わる営業」、「一歩先ゆくセールストランスフォーメーション」という2つのテーマでお話ししていきたいと思います。最初に千葉さんから自己紹介いただけますか。
千葉:ファーストキャリアは出版印刷からスタートし、キャリアチェンジを目指してIT業界に転職したときに、たまたま現在SaaSと言われているビジネスモデルの会社に入りました。そこから10年以上、SaaSの業界でホリゾンタルとバーティカルの両方に携わってきたというキャリアになります。
米林:SaaS業界が今のように盛り上がってくるだいぶ前のタイミングから関わってこられたんですね。そもそも当時、SaaSとは呼ばれていなかったですよね?
千葉:全くSaaSという言葉はなかったです。当時の日本国内では、近しい領域で言うとASPやクラウドサービス。ビジネスモデル的に言うとストックビジネスといった表現の方が多かった時代ですね。僕たち自身、セールスフォースさんがSaaSと言い出したときに「僕らのビジネスモデルはSaaSだったんだ」と後から気づくような形でした。
井上:今はカスタマーサクセスという言葉が広く言われていますが、千葉さんから「カスタマーサクセス」というキーワードについて紐解いていただけますか。
千葉:カスタマーサクセスという言葉は概念だと思っています。特定の部署や人が担当するものではなく、組織全体、お客様に向き合う人たちは常に胸に刻んでおくべき言葉です。この概念をもとにいろいろな手法を用いて接点を持ち、お客様と一緒に同じ成功に向かって進んで行くのが非常に重要なことです。
井上:実はこれが今日の核心部分なんですよね。
SaaS型の営業しかなかった
井上:カスタマーサクセスにも関連しますが、SaaS営業は、どんな風にに変わってきたのでしょうか。
千葉:僕はいろいろな会社を経験しましたが、一番初めはトップ営業マンの人の下について、ノウハウや秘伝の技みたいなものを盗んで自分のものにして、数字を上げていくというのが主流。SaaS業界でも10年前はそんな感じでした。
現在は、個の力で取れる限界が見えてきたこともあり、標準化や組織としての営業が染みついています。そのためセールスの業界ではノウハウを隠すことは本当になくなったと思っています。SNSでもいろいろなノウハウがオープンにされていますし、一会社というよりも、営業という一世界の中で標準化していくことが広まってきました。
米林:組織で営業することが浸透している背景には、「目標設定の変化」が大きく影響しているのでしょうか。
千葉:そうですね。特にSaaSの場合ですと、売り上げを上げるためには、ただ営業が受注するだけでは不十分で、その後カスタマーサクセスでエクスパンションさせる必要があります。そのため、1人の影響力は相対的に小さくなっていきます。
ただ、僕は何でもかんでもチームで達成すればいいというわけではなく、やはり個の力も大切だと思っています。個の力を高めつつチームとしての総和を高める。成功しているチームにはそういう傾向があります。
米林:ビジネスモデルが、売り切りから継続が重要なものへと変化し、CXを高めていく必要性が高まったことから、組織を強くし、仕組みづくりをしていこうという機運になっているということでしょうか。
千葉:マクロ的に見るとおっしゃる通りだと思います。ただ、現場の感覚からすると、もはやそうしないと売り上げが上がらなくなってきたのです。SaaS型の営業しかなかったという方が、僕の見ていた現実と近いですね。
ハウの体系化には”翻訳者”の存在が重要
米林:セールスの組織を強化する上では、実績をあげている人の声を生かすことが重要ですが、組織的には難しい部分もあるのではないかと思います。千葉さんはこれをどう乗り越えてこられたのでしょうか。
千葉:営業のトッププレイヤーは、うまく言語化できない人が多く、どうやるのか聞いても「普通にやってるだけだよ」としか答えない。そのため、“翻訳者”が組織の中にいるかどうかが鍵になります。「普通のやり方ってどんな感じですか?」と質問すると、例えば「資料の最初にはお客様の名前入れる」「メールが来たらすぐ返す」といった細かい話がたくさん出てくる。
この辺りを、営業に関係ない人でもわかるように言語化し、体系的にまとめていくとスムーズにいきます。翻訳者が入ることによって、トッププレイヤー自身も組織に貢献したい気持ちも高まりますし、それを受け取る側も理解しやすくなります。
米林:責任者の役割になってくると、自分が直接営業する機会は少なくなってきます。その中で時代に適した営業手法や営業フローを体系化した上で、メンバーに落とし込んでいくときにはどんなことを意識されていますか。翻訳機能に加えて、浸透させていくところのポイントをお聞きしたいです。
千葉:基本的には「対話すること」に尽きます。現場のメンバーやミドルマネジメントにも、自分たちが考えているあるべき姿があると思います。それを聞いて理解した上で、事業として、お客様から見て、僕たちの組織はこうあるべきだよねというのを対話して不整合を取り払っていく。相互理解が進んだ上ですり合わせていくと、大体いいところに収まるというのが、僕の今までの経験です。
井上:個の営業が重要だった時代から、現在のようなチームでの営業になったとき、営業が担うものはどのように変化していますか。
千葉:僕の個人的な感覚ですが、個の時代の営業では、先輩方もまだバブルを引きずっている人もいて、とにかく新規獲得だと言われることも多かった。新規が取れれば、後から少し解約が出ても売り上げは伸びるからと。それで最初は僕も新規獲得に振り切っていたのですが、やはりだんだんと厳しくなっていきました。
新規獲得に特化しすぎて、例えば「特別キャンペーン」などで安売りし、たくさんのお客様を取り込んでも、結果的にそのお客様たちはサービスを使わず、すぐにやめてしまう。そういう失敗を重ねてきて、徐々に変化が現れました。
昔のように新規がどんどん取れる業界じゃなく、アップセルやクロスセルが売り上げにおいて非常に重要になってくる現在のマクロ環境下において、営業担当は受注だけではなくその後のことを意識する、「LTVの意識」がすごくついてきたなと思います。
時代の変化とともに変わる営業KPI
井上:時代の変化の中で、営業におけるKPIも変わってきましたか。
千葉:そうですね。初めて「THE Model」型を導入したときは、KPIを受注件数や各パイプラインの足元で追える数字にしていることが多かったです。ただ、足元で追えるKPIだけだとコンフリクトが発生するんです。
例えば、マーケティングによってリードはたくさん取れたが、インサイドセールスからすると質が良くなく商談化しづらい。あるいは、インサイドセールスが商談化したが、フィールドセールスからするとクロージングしづらいなどです。
そのため現在は足元の数字はあくまでモニタリングの指標に留め、KPI自体は「売り上げ」や、「ターゲットとして落とすべきお客様が落ちているか」、「お客様が成功したからこそ返ってくる結果指標」に設定するようにしています。そうすると、部署間のコンフリクトがなくなり、事業成長にも返ってきています。
ただここで問題になるのは、目標やKPIの抽象度が非常に高くなってしまうことです。そこまでイメージした上で動ける人材を、採用のときから見なければいけない。採用担当者が非常に重要になってくる側面もあります。
米林:抽象度の高い目標をイメージできる人材になっていくというのは、かなりハードルが高いようにも感じます。
千葉:おっしゃる通りですね。だからこそ、それができるマインドの方を採用することが求められます。もちろん入社後にも、抽象度の高いKPIに対してきちんと追っていけるように会話したり、目線合わせをしたり、当たり前のことを当たり前にやり、真摯に人に向き合うことが重要です。
80点や90点じゃなく、100点の行動をやり切れているか?
米林:SaaSにおいては、オペレーションを回し切れるかどうかもかなり重要視されますが、このあたりはいかがでしょうか?
千葉:ありとあらゆる会社が優秀なビジネスモデルや手法を真似ています。ただそれを、徹頭徹尾やりきれているかどうか。ここで差が出ると思っています。優秀な会社は必ず、メンバーがやりきれる「仕組み」をセットしています。
例えば最近は、Ops的な機能が広がっていますが、商談のネクストステップがしっかりできているかアラートを上げるなど、抜け漏れがないように仕組み化している会社は、売り上げが上がっていくとよく聞きますし、私たちも経験しています。
オペレーションに限らず、80点や90点じゃなく、100点の行動をやり切ること。100点をやりきるために、仕組みや組織の力を使うこと。これができるかどうかで、大きく差が出てきます。
米林:ありがとうございます。今度はセールスにおける手法の話をお聞きしたいです。デジタルツールをうまく使うということはもちろんですが、最近はインサイドセールスにおいて、コールだけでなくCXOレターのようなアナログな手法も積極活用する流れが加速していますよね。
千葉:Webマーケティングの手法がかなり成熟してきたためか、プラスアルファを求める意味で営業スタイルも増えてきました。CXOレターやDMを使った訴求は特にここ最近、広がっていますね。
メールだろうと手紙だろうと「この会社は自分たちのことを本当に見てくれているか」はお客様から見ればすぐわかるので、こういったひと手間加えることが非常に重要なのです。それだけでヒアリングの精度が全然違います。
間違っていてもいいから、自分なりにお客様のことを調べて仮説を立て、カスタマーエンゲージメントの意識を持った上で営業活動をすること。これができていないと、どんなに一生懸命ヒアリングしても課題や悩みを教えてもらえません。ツールや手法が変わっても、結局は人対人の関係なので本質的なところは大きく変わらないと思います。
ソリューション営業からインサイト営業へ
米林:セールストランスフォーメーションという観点で、千葉さんがイメージする次のセールスとはどんなイメージでしょうか。
千葉:ほとんどのセールスパーソンは、まだ目に見えている課題を解決する、いわゆるソリューション営業の領域にしかいないと思っています。ですがお客様を成功させ、愛されているセールスパーソンはすでに、「インサイト営業」をしています。目に見える課題だけではなく、お客様が気づいていない課題に対して気づきを与え、そこに適した提案をすることができるのです。
彼らは場合によっては他社サービスでの課題解決を紹介するなど、本当の意味での提案ができる強さを持っています。SaaS営業のトランスフォームとしては、このインサイト営業の領域まで1人でも多くの営業マンが渡っていくことが非常に重要だと考えています。
米林:インサイト営業へと変化していく上で、インサイドをあぶり出すためのポイントはありますか。
千葉:これは非常に難しいところですが、2つ考えられます。まずは徹底的に自分の足元のお客様と対話を続けて、誰よりも深い理解者になること。
その上で、世界の情勢や経済状況などマクロな情報を取っていくことです。例えば今利上げがされている、円安になっている、資材高で苦しんでいるなど、自分の商材とは関係ない情報でもアンテナを立てていく。すると、ただの営業マンではなく、お客様の相談相手やアドバイザーのような立ち位置になることができます。
どんな部署やポジションでも、カスタマーエンゲージメントや顧客視点を意識する
井上:ありがとうございます。簡単に、今日のお話を3点にまとめます。
- 1つ目は、カスタマーサクセスは、個ではなくチーム全員で見ていく必要があるということ。
2つ目は、顧客とともに課題を解決し、あるべき姿をつくっていく。いわゆる顧客視点になっていくこと。
3つ目は、最後にお話があったように、インサイトをしっかり理解していくこと。
この3つのポイントは、部署はあまり関係がありません。どんな部署やポジションでも、カスタマーエンゲージメントや顧客視点を意識するのが非常に重要であると感じました。千葉さんから、改めて最後に一言いただけますか。
千葉:僕自身の失敗でもありますが、本当の意味でお客様に向き合わないと、短期では成功しても、5年10年のスパンで見ると絶対失敗します。お客様の成功に寄り添った本当の意味で必要な営業をすること。
顧客接点の入り口部分である営業が、顧客視点を持ってお客様の成功を握れていれば、自分たちの事業もお客様もお互いにとってハッピーになるはずです。営業は「会社の顔」とよく言われますが、カスタマーサクセスにおける一番槍という意識を持って活動できるようになれば、SaaS営業に限らず日本のセールスはもっと良くなっていくと思っています。
ラクスル株式会社 Head of Sales & Marketing
千葉 祐輔